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毎日の思いつき。毎日の発見。毎日の反省。
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ボクは、いろいろな学校に出入りする機会があるので、

学生さんと話をする機会が多くて

特に若い人から、就職やら仕事の悩みを良く聞きます。

そのたびに、

敷かれているレール、線路を幻想しているだけだよって

言います。

 

オギャーと生まれてから、

小学校、中学校、高校、そして大学と

友達と同じように、階段を上がることが

当たり前だと考えてしまう。

そして、そのように進まないといけないような

呪縛ってあると思うんです。

学校の指導があったり、両親だったり、友人や学習塾や。

 

でもですね、休学して1年ぐらい

海外へバックパッカーしてみたり

もしくは、大学へいくのを止めてみるのも

良いんじゃないと思ったりします。

そのためにも、中学生や高校生で

好きなことを夢中でチャレンジをしてみるのも

良いかもしれません。

でも、真の教養のためにも

沢山勉強した方が良いと思いますけど。

 

ボクは、大学に入学するまでに、

いろいろなアルバイトをしたり、

企業に就職してみました。

大学に入ったのも、普通の人より遅くて

20代後半でした。

 

チャンスがあったからだ

とか、ヒット作品があるからだ

なんて思う人もいるかもしれませんが、

もともと何も実績のなかったわけですから、

暗中模索です。

 

20年前になりますが、高校生にとっては

バイト代の良い、港の仕事をしまして。

頑張って働けば、1ヶ月で良いお給料になりました。

バイトでそこそこ稼げるので、大学へ行く意味が分からなくなりました。

先のことを考えていないですからね。

そこで、楽器、

シンセサイザーやサンプラーを沢山買うことができました。

初期投資なんでしょうけれども、

自分の頭の中で鳴る音楽を再現できるのですから

それは相当感動して、今で言う(いや、昔で言う)ハウス

やらテクノを作ってみました。

最近は、PCで安価にサウンドが作れますけれども

当時は、ある程度お金かけないと、

イケてるサウンドを作るのは難しかったですね。

 

で、バンドブームでしたので、

そういうテクノなサウンドを評価はされないと思って

あえて、CMの音楽という、

ちょっと専門的なところを狙って応募したところ、

AppleのラジオのCMに採用されました。

学生にしてみれば、放送はされるし、

ギャラも相当もらえるし、ってことで

浪人生をやめて、音楽の仕事をやり始めました。

でも特別な才能があった訳でもなく、

高校生や10代で、そういう人が珍しかったから

何か興味を持ってもらえたんだと思います。

 

実際にCMの音楽会社に入ると、

その仕事でご飯を食べるのは難しくって

ボクの苦手な、体育会系だし、

営業が多くて、対面して話さないとイケナイし。

そんなわけで、

高速道路のレストランで皿洗いとか

印刷工場で漫画誌の荷詰めとか、

空港の駐車場のバイトとか、

パチンコ屋さんとか

たくさんやって、

仕事は長続きしない。
面白くないので
嫌になったらすぐ辞めるとか、
意見が合わなくて対立するとか、の繰り返し。

 

家にいてご飯が食べれるのが普通だったわけですが、

それが当たり前だと思っていて、恵まれた環境だったなと。

 

自分で稼いで、ご飯を食べるのは大変だなと。

生きることの大変さがよく分かって、

それまでは、好き嫌いが激しくて、

ハンバーグしか

食べなかったものの、何でも食べれるようになりました。

 

それでも、

ボクは、フリーターで人生終わるのかなって

思いつつも、お気楽なもので、どうにかなるなと。

悲壮感は無くて、友達と毎日遊んでいましたけれども。

 

高校は進学校なので、みんな大学へ進学していたわけですが、

18歳から21歳まで、そんな生活でした。

 

幾つか思い出深いことはあって、

地元の写植屋さんでのバイトで

写植を配達するバイトだったのですが、

ボクが、Macを使いこなせたり、プログラムも多少わかったこともあって

そこの社長は、ボクに目を付けて、評価してもらいました。

 

まだインターネットも無かった時代でしたので、

パソコン通信のモデムをもって、Mac用の

NetFinderというアプリのセットアップで回ったりしました。

バイトだったのに、月給に+5万円特別にいただいたことを

今でも忘れません。

社長ってそういう、能力を引き出して、評価することが重要なんだなと。

それと、新しい事業への期待を

若者に託すんだなと。

その5万円の重みを理解することが出来ました。

 

その後、

マルチメディアタイトルの制作会社、ゲーム会社など

いろいろ合う、合わない、ありまして、

会社って言うのが、何なのかわかって

貯金をして、

20代後半で、ようやく大学へ入ったわけです。

 

そんなわけで、大学に入るまでの20代前半は

いろいろやったわけですが、とても良い勉強です。

そして、大学入学とともに作った、

ユードーって会社をやっているわけです。

 

会社である前に、自分自身として

新しいことを経験して、実績として

軌跡を残していこう、

なんて思ってはいます。

もともとレールなんて無いのですから、

人とバトルしたり、意見のぶつかり合いとか

多分、普通の人より激しいし、

いざこざも多いんだと思います。

 

でも、何か、人とは違う、ほんの些細な特長や能力

若ければ若いほど、そこを評価してもらって

新しいことへの、機会が拡大してきたなと思います。

 

大きい小さい、に関わらず

若いうちは、人とは違う、作品を制作したり経験をすることは

力になるなと思うんですよ。

 

どうも最近老眼が始まったし、実は白髪だらけなのですが、

キモチは10代だと自負しています。

永遠の中2病ですから。

というわけで、もし興味があったら
そんなことを書いた、電子書籍
音専誌をよんでみてください。

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宝の山は新しいマーケットなり。 HOME 400万人のヒトが繋がる斉藤さん。
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