忍者ブログ
毎日の思いつき。毎日の発見。毎日の反省。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2012年の11月20日という事で、
全国の皆さんからお祝いの言葉をいただきました。

そして、嬉しいことに、会社のみんなから
(ふぐが食べたいとわがままを言いまして・・・、ふぐ屋さんで)
ケーキまでご馳走になりました。

256e252b.png



とっても、おいしかったです。

なかなか、大変なご時勢ですが、
毎日、楽しく好きな仕事ができて、
ほどよい忙しさ。
会社も、みんなの頑張りにより、
今年は、特に、成績好調でして
とても、良い39歳をむかえることができました。

好きなことを仕事にできましたし。
ちょうど10年前に、大学生にもチャレンジできて
リセットをして、
社長として再稼働をしました。

最初は、ボクの名前というよりも、
会社ですから、実績ゼロで大変。
いろいろトラブルもありましたが、
来年、設立10周年になります。
(いやー、よく続いたな~)

高校卒業後に、ゲーム会社で
ヒット作に恵まれましたが、
それ以降も、定期的に何かを考えたり、
つくったり。
楽しかったり、苦しかったり。
でも、どちらかというと、楽しい方が大きかったかなと。

あと、20代後半から、
ヨーロッパやら、アジア、アメリカなど
いろいろな国へ沢山いきまして、
ちょうど、5年ぐらい前になりますが、
スマホ(当時は、iPhoneでしたが)でグローバルになって
役に立ちましたね。
本当に良い体験をしました。
そして、何か作ると、
うまくいくこともあり、うまくいかないこともあり、
いろいろチャレンジができたかなと。

そんなわけで、
再び、別の世界で
いろいろな方々から、ユードーやらボクと
お仕事しましょう!
ってお話をいただいたり、期待いただくのはうれしいです。

でも、もっと興味深い動きとしては、
南雲指名の企画のオーダーが来るけれども、
俺らも(若者も)そうなるように、頑張ろうぜ
なんて
会社の中の動きもあります。

もう、ボクは40ですし、
いろいろノウハウを伝授して
次世代の人たちも活躍して、全員でやっていこうぜ。
そういう感じです。
なので、厳しいことも言うわけですが、
今度は、みんなで脳みそを鍛えて、戦っていこうと思っています。

あとは、
お付き合いする方々
40代、50代の方から
コミュニケーションについて、自然と教わることも増えましたね。

ボクも、20代や30代前半は
カタカナ言葉やら、
まあ、生意気で、硬いこと言っていた時期もありましたけれど
良い意味で、肩の力が抜けたというか、
もっと、人が成長するために、
論理的な、戦略的なことよりも
大切なことが分かってきたような気がします。

まあ、オヤジ化したのかもしれないんですけれどね。

頑張ろうと思うと、とても大変です。
それよりも、好奇心を持って
気楽に構えた方が、最高のパフォーマンスをだせるなと。
そんなわけで、
夜は早く寝て、朝早く起きて、睡眠もよく取り、
休日は、スマホやPCから離れて、家族と過ごし
平日頑張る。
そのほうが、面白いモノがうまれるじゃんと。(斉藤さんみたいな)

あと、そんな中で、ちょっと病気もありまして、
早くも、男性更年期障害っていうような
要するに、男性ホルモンができなくて、
3~4週に一回、ホルモン注射を打つなんてこともあります。
髭が伸びるのが遅いのは、すごく良いのですが、
午後に体力が持たないことがあります。
すこし、このくらい、心配事があった方が、
健康を考えて、いいのかなと思っています。
そんなわけで、週の半分は二駅分。
1時間歩いています。

これからなのですが、
僕らは、ユーザーを沢山持つというか、
多くの方々に
使ってもらえるアプリが結構作れる
特技があるらしいので、

今までにない、
新しいコミュニケーションツールを
(最近、イロイロ各社から出ていますけれども、)
亜流で、かつプロモーションもかけずに、
企画力で、
どこまで行けるがチャレンジしようと思います。
あ、あと広告事業にも参入します・・・。

最近、アプリも資本力やら、投資をしないといけない。
個人や、弱小メーカーじゃ無理だ。
アプリは儲からない。
って声もあります。

ユードーは、そうじゃないよ、
アイデアや企画力で、ご飯が食べれるよって、
実証してきている、珍しいパブリッシャーです。

最近は、音楽をあまりつくらないのですが、
アプリの方で、みなさんに使ってもらえれば
嬉しいです。

というわけで、
今後も、よろしくおねがいします。

拍手[47回]

PR

ボクは、いろいろな学校に出入りする機会があるので、

学生さんと話をする機会が多くて

特に若い人から、就職やら仕事の悩みを良く聞きます。

そのたびに、

敷かれているレール、線路を幻想しているだけだよって

言います。

 

オギャーと生まれてから、

小学校、中学校、高校、そして大学と

友達と同じように、階段を上がることが

当たり前だと考えてしまう。

そして、そのように進まないといけないような

呪縛ってあると思うんです。

学校の指導があったり、両親だったり、友人や学習塾や。

 

でもですね、休学して1年ぐらい

海外へバックパッカーしてみたり

もしくは、大学へいくのを止めてみるのも

良いんじゃないと思ったりします。

そのためにも、中学生や高校生で

好きなことを夢中でチャレンジをしてみるのも

良いかもしれません。

でも、真の教養のためにも

沢山勉強した方が良いと思いますけど。

 

ボクは、大学に入学するまでに、

いろいろなアルバイトをしたり、

企業に就職してみました。

大学に入ったのも、普通の人より遅くて

20代後半でした。

 

チャンスがあったからだ

とか、ヒット作品があるからだ

なんて思う人もいるかもしれませんが、

もともと何も実績のなかったわけですから、

暗中模索です。

 

20年前になりますが、高校生にとっては

バイト代の良い、港の仕事をしまして。

頑張って働けば、1ヶ月で良いお給料になりました。

バイトでそこそこ稼げるので、大学へ行く意味が分からなくなりました。

先のことを考えていないですからね。

そこで、楽器、

シンセサイザーやサンプラーを沢山買うことができました。

初期投資なんでしょうけれども、

自分の頭の中で鳴る音楽を再現できるのですから

それは相当感動して、今で言う(いや、昔で言う)ハウス

やらテクノを作ってみました。

最近は、PCで安価にサウンドが作れますけれども

当時は、ある程度お金かけないと、

イケてるサウンドを作るのは難しかったですね。

 

で、バンドブームでしたので、

そういうテクノなサウンドを評価はされないと思って

あえて、CMの音楽という、

ちょっと専門的なところを狙って応募したところ、

AppleのラジオのCMに採用されました。

学生にしてみれば、放送はされるし、

ギャラも相当もらえるし、ってことで

浪人生をやめて、音楽の仕事をやり始めました。

でも特別な才能があった訳でもなく、

高校生や10代で、そういう人が珍しかったから

何か興味を持ってもらえたんだと思います。

 

実際にCMの音楽会社に入ると、

その仕事でご飯を食べるのは難しくって

ボクの苦手な、体育会系だし、

営業が多くて、対面して話さないとイケナイし。

そんなわけで、

高速道路のレストランで皿洗いとか

印刷工場で漫画誌の荷詰めとか、

空港の駐車場のバイトとか、

パチンコ屋さんとか

たくさんやって、

仕事は長続きしない。
面白くないので
嫌になったらすぐ辞めるとか、
意見が合わなくて対立するとか、の繰り返し。

 

家にいてご飯が食べれるのが普通だったわけですが、

それが当たり前だと思っていて、恵まれた環境だったなと。

 

自分で稼いで、ご飯を食べるのは大変だなと。

生きることの大変さがよく分かって、

それまでは、好き嫌いが激しくて、

ハンバーグしか

食べなかったものの、何でも食べれるようになりました。

 

それでも、

ボクは、フリーターで人生終わるのかなって

思いつつも、お気楽なもので、どうにかなるなと。

悲壮感は無くて、友達と毎日遊んでいましたけれども。

 

高校は進学校なので、みんな大学へ進学していたわけですが、

18歳から21歳まで、そんな生活でした。

 

幾つか思い出深いことはあって、

地元の写植屋さんでのバイトで

写植を配達するバイトだったのですが、

ボクが、Macを使いこなせたり、プログラムも多少わかったこともあって

そこの社長は、ボクに目を付けて、評価してもらいました。

 

まだインターネットも無かった時代でしたので、

パソコン通信のモデムをもって、Mac用の

NetFinderというアプリのセットアップで回ったりしました。

バイトだったのに、月給に+5万円特別にいただいたことを

今でも忘れません。

社長ってそういう、能力を引き出して、評価することが重要なんだなと。

それと、新しい事業への期待を

若者に託すんだなと。

その5万円の重みを理解することが出来ました。

 

その後、

マルチメディアタイトルの制作会社、ゲーム会社など

いろいろ合う、合わない、ありまして、

会社って言うのが、何なのかわかって

貯金をして、

20代後半で、ようやく大学へ入ったわけです。

 

そんなわけで、大学に入るまでの20代前半は

いろいろやったわけですが、とても良い勉強です。

そして、大学入学とともに作った、

ユードーって会社をやっているわけです。

 

会社である前に、自分自身として

新しいことを経験して、実績として

軌跡を残していこう、

なんて思ってはいます。

もともとレールなんて無いのですから、

人とバトルしたり、意見のぶつかり合いとか

多分、普通の人より激しいし、

いざこざも多いんだと思います。

 

でも、何か、人とは違う、ほんの些細な特長や能力

若ければ若いほど、そこを評価してもらって

新しいことへの、機会が拡大してきたなと思います。

 

大きい小さい、に関わらず

若いうちは、人とは違う、作品を制作したり経験をすることは

力になるなと思うんですよ。

 

どうも最近老眼が始まったし、実は白髪だらけなのですが、

キモチは10代だと自負しています。

永遠の中2病ですから。

というわけで、もし興味があったら
そんなことを書いた、電子書籍
音専誌をよんでみてください。

拍手[16回]

ボクたちは、教育によって理性やら知性を得て
頭を鍛えて、生活をして、
仕事として生産をしているわけですが、
 
最近、動物であること、感情の生き物であることを
再認識することが、
沢山ありました。
 
気が付かないことで。。。
 
実は、ここ数か月なのですが、
椅子に座っていられなくて
下腹部が重い感じがしていました。
ボクは、体調に気がつかないもので、
多分、熱があっても、普通に仕事をしているんだと思います。
(なので、よほどのことが無い限り、会社をあまり休まないんです。)
 
トイレで用をすると、切れが悪い。
下腹部がどんどん痛くなる。
それでも、自分の体調がおかしいことに、全く気が付きませんでした。
いつもの、過集中の後の虚脱症状かな
と思って、いたのですが、
さすがに、トイレが酷くなり、椅子に座れず
ソファーでぐったり。
だったので、いろいろ病院へいきまして、
最終的に泌尿器科へ行くと、分かりました。
前立腺炎で、結構重かったようで、
原因で微熱があったようです。
先のブログのように、健康に気にしていたのですが、
若い時の無理が、蓄積してきたのでしょう。
ということで、
今まで、自分のことをタフだと思っていましたけれども、
動物として必要な機能が低下したわけですから
しばらく気を付けようと考えています。
生き物なんですね。
 
 
感性なこと。
言語を超えて、表情や、雰囲気をくみ取る能力って
人間に兼ね備えられています。
ボクには、その能力ってありませんでした。
 
すべて言葉通りに受け取っていたり、
コチラからの見当違いな一方向な伝達が
多かったように思います。
そういったことが分かって、
ちょうど5年になるのでしょうか。
人の話を黙って聞く機会が増えました。
まだ、リアルタイムで理解をすることは
難しいのですが、
 
幸い、ボクは、
言語性のIQが高いことに助けられて、
左脳で考えるというのでしょうか。
 
言葉の強弱や表情を思い出しては、
後から理解する、考えるというクセが付きました。
すぐに場の状況、空気を理解したりすることはできません。
その後になって、親しい周りの人に
「これって、こういう意味、意図がありますか?」
「本当は、こういうことが言いたかったのでしょうか?」
と、必ず確認するクセが付きました。
 
ボクは、クリエイターで社長ということが、
良い環境でして
周りに補佐してくれる人が、常にいる
というコトが良かったのかもしれません。
ヒトには、
理屈や理論ではない、感情、感性がある。
動物だなと。
ボクは、
ストレートにアウトプットができるけれども
インプットが無かったのですね。
 
いつか、自分の体験を役に立てたいと思っています。
 
 
実は音楽も。
ボクは、長い間、
音楽を記号のように聴いていたようです。
メロディが実は嫌いで
和音、リズム、メロディ。
それを組み合わせていて、
 
学生の時にピアノを教えてくれた先生も
楽曲をロジカルに分解する方法
分析することを教えてくれたこともあり、
そういうモノだと思って。
 
感情が全くなく、淡々としていました。
なので、良いメロディを書こうとすると、
心の底から湧き出るような感情ではなくて
分析をしたり、組み合わせなんですね。
どこか足りなかった。
 
特に、言葉のある日本語の歌詞が大嫌いでした。
それよりも、サウンドの空間を作ることが面白く、
音作りをやっていたのですが、
 
最近英語の勉強をするために、
洋楽を聴き直したのですが、
今まで聴いていた楽曲が、
まるで別の感覚で聞こえたのです。
歌詞には意味があり、音の響きと一体になって
伝える。
今までのボクにはこの感覚が無くて
音楽には、感情も加わった表現があるということがわかり、
 
最近は、(いきなり)
五木ひろしを聞いたり、歌ってみたりしています。
 
 
あと、Twitterで、
プチ炎上をさせました。
「芸人の河本さんの生活保護に対する件で
河本さんの母親は一般人であり
役所が直接指導すればよいのであって
政治家が、名指しで指摘することではないのでは。」
という意見を述べました。
 
これには、いろいろな意味がありますが、
それは置いておいて、
ボクの属性(音楽、アプリ、ゲーム)だと
ボクをよく知る人、興味のある方がフォローしているわけですが、
拡散されて、
全然知らない人から、肯定論・否定論が上がりました。
まず、
ボクは、この文章からしても、
「生活保護の不正受給を肯定していません。」
しかしながら、不正受給を容認しているかのような意図で
拡散され、ボク個人に攻撃するのが
許せなくてですね。
善悪はもちろんのこと、
ボクも納税者ですから
税金は正しく使われないと嫌でしょう。
 
ボクとしては、穏やかな性格なつもりなのですが、
育った環境なのか、結構気性の荒い性格でして
徹底抗戦するし、かなり武闘派だったりするので
乗り込んで、徹底的に話合うぐらいの覚悟でいたんですけれど。
 
ちょうど、宮台真司氏の本を読んだ直後で
これもTweetしていたから、
益々、炎上するわけです。
その後、宮台氏も同じことを語られましたけれども。
 
大きく見ると、生活保護不正受給の肯定・否定
に関して、
言葉の意味が理解できないヒトが多かったのは、
言語を超える
もっと、感情的であり
抑圧された現実にいる人の何かを感じました。
だから、誤解をするんだなと。
 
冷静になると、
ボクは、社会学者でもなくて、クリエイターなので

深く言及するつもりもないのですが、
その人物が置かれた環境に
依存して、人格や性格が形成されていくんだ。
と考えました。

より生産的、クリエイティブなヒトとして
たくさん、社会に貢献し、還元するために
そういう環境を自ら作っていかないといけない
と思ったわけです。
 
ボクも動物なわけですから。

拍手[10回]

吉本隆明 老いの超え方

子供の頃から頭でっかちと言われ

本で読んだり、ラジオで聞いただけの知識で

語彙だけは沢山あって

よく、大人っぽい子供っと言われていた。

 

その名残なのか、30半ばぐらいから

まだまだ先の事なのかもしれないのですが、

老後について

かなり考えるようになった。

 

仕事をはじめて、今年で20年ですから、

折り返し地点。

これまでの活動期間を足すと 38+20=58歳。

生きていられる時間は、どんどん減ってくる。

長く生きてできる限り、沢山の事をしたい。

 

ここ数年の、ボクの焦りは相当だったようで

ダイエットして、昔の体重に戻ったし。

たばこも、スグに止めれて

お酒は好きだけれど、浴びるほど呑む事も無くなり

野菜を沢山食べるし。

車も、堅実で安全なのを選ぶようになった。

 

悶々と、老いについて深く考えるようになり、

吉本隆明の「老いの超え方」を読んでみました。

(晩年は、かなり読みやすくなったものです。)

 

〜反省力というのが若い時よりも増大している

いい意味に解して老齢の成熟といえば成熟で、

悪い意味で言うと、内心は疑い深くて何とかでというのは当たっている〜

という節があります。

 

ボクは、最近

止まって考えるようにすると

直感を言語化したり

様々な意味を察して

相手を考える余裕ができて、

どうも、”気付かなかった自分”を

少しわかったような、

場所の違う感覚があります。

 

過去にあった

不可思議なこと。

いろいろなよく分からなかった出来事が、

理解できてきた気がします。

 

多分、少し遅れて大人になったようなことなんだと。

 

恐ろしい事に、

今まで気が付かなかったことに気付く。

覚醒なんだと思うのですが、

それまで普通だった受け止め方が、

やさしさや、ぬくもりに感じたり、

逆に、神経質に受け取ってしまい

腹立たしくなることもあるので、実は困ってる。

 

そんなこともありますが、

老後や人生について、深く考えるようになったのも

ボクが、多少は、熟成しつつあるんじゃないかっと。

 

吉本隆明を手に取ったとき、

子供の頃と、今現在と、未来の自分が

違う解釈となって、もっと再発見できるであろうと・・・。

 

そのように思いました。

拍手[2回]

学生時代、ラディカルだよねって口癖のようによく言う友人がいて、
今日ミーティングの時に思いだした。

ラディカル≒過激だとか衝撃的ともいうのでしょうか。

企画を考える際、正確には
・瞬間的に、何かと何かが繋がったかのように
・数秒でひらめく
わけですが、
様々な視点や角度から考えるっていう、頭の良いコトは全くしない。

ボクの場合、人がビックリする、とか、喜ぶ
というのを見ていると、ココロが満たされる。

逆に言えば、自分さえ満足すれば良い、というアーティスト志向は全くない。

その経験は、昔、音楽を沢山作っていた時に、嫌というほど経験して
好きに曲を作るとウケないし。
恥ずかしいほど、ポップな曲を作るとウケる。
そんなわけで、音楽を大量生産をして、
それでも苦労も努力もしてはいないんだけれど、
刺激が無くなって、飽きてしまったわけです。

なので、今では何かサービスやらアプリを作る時には、
・自分がとても面白いということ
と、
・ユーザーが面白がってくれるとか、役に立つという
二つが成立するようにする。

新しい刺激は衝撃的であればあるほど、
狂気であれば、あるほど
余計な要素はいらなくて、欠点でさえも、補ってしまう。

なので、出来ると思ったら、
集中力を維持しているうちに
無駄を省いて、誰よりも最速で成し遂げる
ってわけなのです。

というわけで、論理思考よりもラディカルだなと思います。

拍手[2回]

前のページ HOME 次のページ
photo by 七ツ森  /  material by 素材のかけら
忍者ブログ [PR]
プロフィール
自己紹介:
仕事と遊びが、遊びの仕事が、どちらかはわかりませんが、必死に毎日考えて生きています。
Twitter
Twitter ブログパーツ
ブログ内検索
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
アクセス解析